大変光栄なことに、教育講演の講師を務めさせて頂きました。
【演題】
「若年性認知症の方の就労問題」
【要旨】
若年性認知症は、65歳未満で発症した認知症の通称である。18歳以降44歳までに発症する認知症を若年期認知症と呼び、45歳以降64歳で発症するものを初老期認知症と呼ぶ。
若年性認知症の実態調査(平成21年厚生労働省)によれば、18-64歳人口における人口10万人当たり若年性認知症者数は、47.6人(95%信頼区間45.5-49.7)であり、男性57.8人、女性36.7人と男性が多かった。若年性認知症者数は全国3.78万人(95%信頼区間3.61-3.94)と推計される。ただ若年性認知症に関しては、医療機関への受診の遅れや診断確定までの期間が長いことも指摘されており、おそらく実際の患者数はこれより多いと思われる。推定発症年齢の平均は51.3±9.8歳であった。
今回、若年性認知症の就労問題について取り上げる。就労支援には、就労維持支援と、退職した後の就労移行(復職)支援、福祉的就労(就労型)支援の3類型があるが、ここでは一般就労の維持に関して事例を通じて検討する。
いわゆる働き盛りの50代男性に多い若年性認知症は、本人のみならず、精神的にも経済的にも家族に大きな影響を与える。多くの場合、本人・家族ともそのままの就労維持を望むが、現実的には早晩退職を余儀なくされる。
そこには、職種や職制、事業所規模等の企業側の事情もある。民間企業は営利目的であり、職務遂行能力の評価を行う事は当然である。精神障害者保健福祉手帳を取得して、法定雇用率の算定対象として就労継続出来た場合でも、労働衛生の観点から、本人の安全への合理的配慮(改正障害者雇用促進法)が小規模事業所では難しいのが現状である。
頭部外傷や脳血管障害後遺症のように、いわゆる高次脳機能障害として原因が周囲から認められやすく、身体症状(麻痺や失語など)を視認しやすい場合は、職場での受け入れは比較的良好である。一方、アルツハイマー病や前頭側頭葉変性症などの進行性脳変性疾患の場合には、「どう接して良いのか分らない」「いつまでこんな状況が続くのか」などの不安の声が上司や同僚から聞こえてくる。ストレスを減らす職場環境作りを求められる産業医としては判断が難しい。また、他の精神疾患と同様に、同僚への病名告知の是非や、労務起因性の事故(労災)など、企業の努力だけでは解決できない事項が多々ある。多くのメンタルヘルスに関する国の指針は、従来からの問題であるうつ病やアルコール関連疾患などを想定して作成されており、若年性認知症には馴染まない。家族としては、家庭状況から職場の様子を推測することが難しく、もっと仕事が出来るはずだと家族が考えていても実際にはできていないケースもあり、結果的に職場への不信感につながることもある。
本年6月18日、認知症施策推進関係閣僚会議において、「認知症施策推進大綱」が決定された。若年性認知症に関しては、就労支援事業所の実態把握、若年性認知症の実態把握が盛り込まれた。より一層の支援が望まれる。